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🏛️ 巨匠の教えをデータで検証 #1
グレアムの「安全域」は2020年代の日本株で生きているか——4.5万件で検証

カテゴリ:🏛️ 巨匠の教えをデータで検証  |  公開:2026年7月2日  |  読了:約12分

歴史に名を残す投資家の教えは、名言として引用されることは多くても、「今の日本株でも本当に機能しているのか」をデータで確かめられる機会はほとんどありません。新シリーズ「巨匠の教えをデータで検証」では、巨匠たちの教えを現代の日本株データで機械的に採点し、勝っても負けてもそのまま公開していきます。

第1回はベンジャミン・グレアム。ウォーレン・バフェットの師であり、「バリュー投資の父」と呼ばれる人物です。主著「賢明なる投資家」の初版は1949年——今から77年前の本です。その中で示された「防御的投資家」の銘柄選別基準は、2020年代の日本株でまだ生きているのか。約4.5万件(観測45,347件)のデータで検証しました。

⏱️ 30秒でわかる今回のまとめ

① グレアム基準の充足数(0〜6点)が高いほど、12ヶ月以内に-30%以上下落する割合が単調に低下:0-1点=24.9%/24.1%(前半/後半)に対し4点以上は約4〜5%——約6分の1
② 基準別では割安系(PER15倍以下・グレアム数)と配当ありが両期間でプラス寄与という結果
③ 一方、自己資本比率50%以上は両期間でマイナス寄与(-5.3%/-7.6%)——教科書の機械的な全部適用には落とし穴
④ 先読みなし・観測45,347件・データを前半(train=傾向を見る期間)と後半(holdout=見なかったデータで答え合わせする期間)の2期間に分け、再現性を確認

① グレアムとは——バフェットの師が説いた「防御的投資家」

ベンジャミン・グレアム(1894-1976)は、コロンビア大学でウォーレン・バフェットを直接指導した投資家・研究者です。企業の価値を財務データから見積もり、市場価格がそれを大きく下回るときだけ買う——今日「バリュー投資」と呼ばれる考え方の体系を最初に築いた人物とされ、主著「賢明なる投資家」(1949年)は現在も世界中で読み継がれています。

グレアムの中心概念が「安全域(margin of safety)」です。将来の見積もりは必ずどこかで間違える——だから「見積もりが間違っていても致命傷を負わない余裕」を持って買う、という考え方です。そして同書でグレアムは、大きく当てることよりも「重大な過ちを避けること」を目的とする投資家像=防御的投資家(defensive investor)のための具体的な銘柄選別基準を示しました。

本検証で使った6基準

原著の基準(企業規模・流動比率・20年の連続配当など)をそのまま現代の日本株に当てはめるのは難しいため、本検証では現代のデータで機械的に判定できる形に翻訳した6基準を使います(企業規模・流動性の要件は「売買代金フィルタ」で代替。詳細は次章)。

💡 「グレアム数」とは
グレアムは「PERは15倍以下、PBRは1.5倍以下が目安。ただし片方が多少超えても、掛け算で PER×PBR ≤ 22.5(=15×1.5)に収まるなら許容する」という柔軟な割安判定を提案しました。この「22.5」がグレアム数と呼ばれる基準です。

各銘柄・各時点について、この6基準のうちいくつを満たすかを数えたものを「グレアム・スコア(0〜6点)」とします。今回の問いはシンプルです——スコアが高い銘柄群は、その後の12ヶ月で何が違ったのか?

② 検証設計——タイムマシンで過去に行っても同じ判定ができるか

過去データの検証で最も危険なのは「先読み」です。当時はまだ公表されていなかった決算を使って採点すれば、成績はいくらでも良く見せられます。本検証は「タイムマシンでその時点に行っても、まったく同じ判定ができる」ことを条件にしています。

これは過去データの統計的な集計であり、将来の相場でも同じ傾向が続くことを保証するものではありません。また、同一銘柄が複数月にカウントされるため各観測は統計的に独立ではなく、数値は「傾向の目安」としてご覧ください。

③ 結果①:スコアが上がるほど「退場級の暴落」が減っていた

まず、グレアム・スコア別に「その後12ヶ月の平均リターン」と「12ヶ月以内に-30%以上下落した割合」を集計しました。

スコア12ヶ月平均リターン(前半 / 後半)12ヶ月以内に-30%以上下落した割合(前半 / 後半)
0-1点 -2.7% / +11.2% 24.9% / 24.1%
2-3点 +9.9% / +11.2% 11.7% / 12.7%
4-5点 +21.6% / +22.7% 5.1% / 4.5%
6点 +16.0% / +23.9% 3.9% / 3.8%

(参考)対象全体の12ヶ月平均リターンは、前半+13.4%/後半+18.7%。

最も重要な発見:「安全域」の正体はリターンではなく防御だった

この表で注目すべきは、リターンの列よりも右側——「-30%以上下落した割合」の列です。スコアが上がるほど、この割合は24.9%→11.7%→5.1%→3.9%(前半)、24.1%→12.7%→4.5%→3.8%(後半)と、両期間とも一段も乱れず単調に下がっていました

0% 10% 20% スコアが上がるほど単調に低下 24.9% 24.1% 前半 後半 0-1点 11.7% 12.7% 前半 後半 2-3点 5.1% 4.5% 前半 後半 4-5点 3.9% 3.8% 前半 後半 6点

図1:グレアム・スコア別「その後12ヶ月以内に-30%以上下落した割合」。各スコア帯の左=前半(2022年7月〜2023年12月観測分)、右=後半(2024年1月〜2025年6月観測分)。両期間とも階段状に単調低下している。概念図であり実際の価格チャートではありません。

一方、リターンの列は地合いに大きく左右されていました。後半(2024年以降)は全体平均が+18.7%と強く、0-1点でも+11.2%と、2-3点(+11.2%)と同水準のプラスでした。また6点満点の平均リターンは前半+16.0%と、4-5点(+21.6%)を下回る場面もあり、「スコアが高いほどリターンも高い」という単純な関係は観察されませんでした

「安全域」の核心は防御——77年前の教えは日本株で健在という結果
リターンの序列は期間によって揺らぐ一方、「退場級の暴落を喰らう確率」の序列は前半・後半どちらでも崩れませんでした。グレアムが安全域という言葉に込めた「間違えても致命傷を負わない」という設計思想は、2020年代の日本株データでもそのとおりに観察された、というのが本検証の中心的な結果です。

④ 結果②:6基準の中身——効いた基準・効かなかった基準・逆だった基準

次に、6基準を1つずつばらして「その基準を満たした銘柄群と満たさなかった銘柄群で、その後12ヶ月の平均リターンがどれだけ違ったか(成立-不成立の差)」を前半・後半それぞれで集計しました。

基準リターン差(前半)リターン差(後半)観察された傾向
① PER15倍以下 +22.4% +15.2% 最強クラス
② グレアム数22.5以下 +24.5% +16.6% 最強クラス
⑤ 配当あり +23.6% +9.8% 強い
④ 全決算期で黒字 +1.5% +4.2% 弱いプラス
⑥ EPSが成長 -4.8% -0.2% 効果が観察されず
③ 自己資本比率50%以上 -5.3% -7.6% 両期間でマイナス
+20% +10% 0 前半(train) 後半(holdout) +22.4 +15.2 ①PER≤15 +24.5 +16.6 ②グレアム数 +23.6 +9.8 ⑤配当あり +1.5 +4.2 ④利益安定 -4.8 -0.2 ⑥EPS成長 -5.3 -7.6 ③自己資本比率

図2:基準別「成立群-不成立群の12ヶ月平均リターン差」(%ポイント)。青=前半(train)、黄=後半(holdout)。ゼロ線より上=基準を満たした群のほうが高リターン。③自己資本比率50%以上のみ両期間でマイナス(赤)。概念図であり実際の価格チャートではありません。

効いていたのは「割安+配当」

① PER15倍以下(+22.4%/+15.2%)と② グレアム数(+24.5%/+16.6%)は両期間とも最強クラスのプラス寄与でした。⑤ 配当あり(+23.6%/+9.8%)も強いプラスで、後半はやや減衰したものの符号は維持。④ 全決算期で黒字(+1.5%/+4.2%)は弱いながら両期間プラス、⑥ EPS成長(-4.8%/-0.2%)にはプラスの効果が観察されませんでした。

教科書を機械的に全部使うと、足を引っ張る基準もあった

意外だったのは③ 自己資本比率50%以上が、前半-5.3%・後半-7.6%と両期間でマイナス寄与だったことです。つまりこの3年間の日本株では、「借金の少ない財務堅牢な会社」の基準を満たした群のほうが、満たさない群よりリターンが低かったことになります。

背景として考えられるのは相場環境です。2022年以降の日本はインフレと金利上昇が続く局面で、銀行や不動産など、もともと自己資本比率が低いレバレッジ型のビジネスに追い風が吹いた時期でした。グレアムが同書を著したのは大恐慌の記憶が生々しい1940年代の米国——「借金が少ないこと」が生死を分けた時代です。巨匠の教えにも、時代の風向きがある。この基準のマイナスは、教えが間違っているというより、前提となる環境が変わったことの表れと読めます。

この結果は「財務の健全性に意味がない」ということではありません。単一の閾値(自己資本比率50%)を機械的に適用すると、この検証期間では逆風だった、という観察にとどまります。金利や物価の環境が変われば、同じ基準の寄与が変わる可能性は十分にあります。

⑤ この検証から得られる3つの学び

学び1:割安(PER・グレアム数)+配当は、依然として強力だった

6基準のうち、両期間で大きなプラス寄与が観察されたのは割安系の2基準と配当でした。77年前に書かれた「利益と資産に対して安く買う」「還元実績のある会社を選ぶ」という教えの中核部分は、2020年代の日本株データでもそのまま観察されたことになります。

学び2:スコアの使い道は「上がる株を当てる」ではなく「退場級の暴落を避ける」

スコアと平均リターンの関係は期間によって揺らぎましたが、「-30%を喰らう確率」の階段はどちらの期間でも崩れませんでした。この種の基準がもし役に立つとすれば、それは「勝ち馬を当てる予言」としてではなく、「1年で資産の3割を失うような銘柄を高い確率で避けるフィルタ」として——というのが今回のデータの示す姿です。大負けを避けることが長期の複利を守る、というグレアム自身の思想とも整合します。

学び3:権威で信じず、データで確かめる

今回の検証では「健在だった教え(安全域・割安・配当)」と「時代に合わなくなっていた教え(自己資本比率の一律基準)」が同じ本の中に同居していました。どんな巨匠の教えでも、丸ごと信じるのでも丸ごと切り捨てるのでもなく、部品に分解してデータで確かめる——このシリーズが続けていきたいのは、その習慣づくりです。

⑥ この検証の限界

  1. 特殊な追い風レジーム:検証期間の2022年7月〜2025年6月は、東証のPBR改革(資本コストや株価を意識した経営の要請)が進み、バリュー株に有利な地合いが続いた特殊な期間です。割安系基準のプラス寄与の一部は、この追い風の恩恵である可能性があります。
  2. 売買コスト・税は未考慮:数値はすべてコスト控除前です。毎月の採点にもとづいて実際に売買した場合の手数料・スプレッド・税金は反映されていません。
  3. 過去の統計であり、将来を保証しない:本検証は過去3年の観測にもとづく集計です。将来も同じ傾向が続くことを示すものではありません。
  4. 特定銘柄の推奨ではない:本記事は基準(ルール)の統計的な性質を調べたものであり、個別銘柄の言及・推奨は一切行っていません。

⑦ まとめ——巨匠の教えとの付き合い方

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