📰 経済指標の「予想とのずれ」で、為替はどう動く? 研究でわかっていること【エントリー方法の研究 #14】
シリーズ第13回(#13)では、会社の決算発表という「出来事」のあとの値動きを取り上げました。この記事で注目するのは、経済指標(雇用に関する指標など、国全体の状態を表す指標)が発表された、まさにその瞬間です。指標そのものの数字ではなく、「市場が事前に予想していた数字とどれだけずれたか(サプライズ)」が、為替をどう動かすのかを、1990年代の為替データで確かめた研究があります。この記事では、その研究が報告した反応の速さ、悪い結果のほうが大きく動くという非対称な傾向、そして発表の時刻が事前にはっきり決まっているかどうかによる違いまで、出典つきで整理します。
📌 この記事の結論(30秒まとめ)
- アンデルセン氏・ボラスレフ氏・ディーボルド氏・ベガ氏の研究(2003年)は、1992年から1998年の為替の5分ごとの値動きを使い、経済指標の「予想とのずれ」が発表された直後に、為替レートの平均的な動きを一気に動かす(研究では「ジャンプ」と表現)ことを示しました。
- 米国の雇用に関する指標で、ふだん起きる程度のずれ(統計でいう1標準偏差ぶん)が予想との間に生まれたとき、独マルクに対する米ドルの値段は平均で0.16%動きました。これは、当時の売値買値の差(スプレッド)の平均0.06%よりも大きい動きでした。
- 悪い結果のほうが、同じ大きさの良い結果よりも為替を大きく動かす、という非対称な傾向(サインエフェクト)が報告されています。また、発表の時刻が事前にはっきり決まっている指標のほうが、反応がはっきりしていました。
1️⃣ どんな方法か
どんな方法? 経済指標が発表された瞬間、実際に発表された数字が市場の事前予想とどれだけずれたか(サプライズ)を見て、そのずれの向きに入る方法です。予想より良い数字が出れば、その国の通貨を買う方向に入り、予想より悪い数字が出れば売る方向に入る、という考え方です。
仮の例(考え方を説明するための仮の例です): 米国の雇用に関する指標の発表前、市場の予想が「増加20万人」だったとします。発表された実際の数字が「増加5万人」で、予想を大きく下回った(悪い結果)とすると、この方法では発表の直後に米ドルを売る方向に入ります。これは方法の形を示すための例であり、この売買が有利だという意味ではありません。
2️⃣ 研究でわかっていること
為替レートは、発表の直後に一気に動く
アンデルセン氏・ボラスレフ氏・ディーボルド氏・ベガ氏の研究は、1992年1月から1998年12月までの為替の値動き(5分ごとの値段を集めたデータ)を使い、米ドルに対する独マルク・英ポンド・日本円・スイスフラン・ユーロの動きを調べました。週末や祝日、データの欠けなどを除くと1,724日分、5分ごとの値動きの数で49万件を超えるデータです。これに、調査会社が毎週金曜日に金融の専門家およそ40人へ聞いて集めた「市場の事前予想」の数字を組み合わせ、実際の発表の数字との差を「予想とのずれ(サプライズ)」として扱いました。その結果、米国とドイツを合わせた41種類の経済指標(うち米国の指標が28種類)のうち、主に米国の指標の多くで、このずれが発表の直後に為替レートの平均的な動きを一気に動かす(研究では「ジャンプ」と表現)ことが分かりました。ニュースが為替の動く方向と大きさを説明する力を持っていたのは、主に発表直後の5分間だけで、発表のある日が全体の58%を占めていたにもかかわらず、この5分間は全体のデータのうちおよそ0.2%にすぎませんでした。
具体的な大きさの例として、米国の雇用に関する指標で、ふだん起きる程度のずれ(統計でいう1標準偏差ぶん)が予想との間に生まれたとき、独マルクに対する米ドルの値段は平均で0.16%動きました。研究は、この動きの大きさを2つの基準と比べています。1つは、5分ごとの値動き全体のうち、0.10%を超える動きが起きるのは0.7%しかないという基準です。もう1つは、当時の独マルク対米ドルの売値買値の差(スプレッド:買うときと売るときの値段の差で、実質的な取引コストになります)が平均でおよそ0.06%だったという基準です。どちらと比べても、0.16%という動きは大きいと報告されています。
悪い結果のほうが大きく動く(非対称な反応)
研究はさらに、同じ大きさのずれでも、良い結果より悪い結果のほうが為替を大きく動かす、という非対称な反応(研究では「サインエフェクト」と呼んでいます)を報告しています。この傾向は、米国の雇用に関する指標・貿易収支・耐久財の受注・新規の失業保険申請といった、主要な指標のほとんどで見られました。ただし、通貨によって強さが違い、日本円・独マルク・スイスフランに対する反応では非対称がはっきりしていた一方、英ポンド・ユーロに対する反応では、この傾向はあまり見られなかったと報告されています。
発表の時刻が事前に分かっているかどうかで、反応が違う
この研究は、米国の指標と、同じデータに含まれていたドイツの指標を比べています。米国の指標は、発表される日も時刻も事前に正確に分かっています。一方、ドイツの指標は、発表される日は事前に分かっていても、時刻は決まっていませんでした。その結果、米国の指標の多くに、はっきりした反応が見られたのに対し、ドイツの指標で、はっきりした反応が見られたのは、マネーサプライ(M3:国全体に出回っているお金の量を示す指標)と鉱工業生産の2つだけでした。研究は、発表の時刻が事前にはっきりしないと、発表の前後の取引が薄くなり、反応がその場で一気に出るのではなく、数時間かけてじわじわ進む可能性があると述べています。
為替レートの「平均的な値段」は発表の直後に一気に動くのに対し、値動きの荒さ(ボラティリティ:値段がどれくらい大きく上下に動きやすいかを表す指標)が完全に落ち着くまでには、5分ごとの時間を12回ぶん、およそ1時間かかったと報告されています。
3️⃣ 反論・限界
サプライズが無くても、取引量は跳ねる
チャボー氏らの研究(2008年に発表、もとは2004年の調査)は、1999年1月から2004年1月までのユーロ対米ドル・日本円対米ドルの電子取引のデータを使い、発表された数字が市場の予想とぴたりと一致していた場合でも、取引量(売買の回数や量)は大きく跳ね上がり、その状態がしばらく続くことを報告しました。値段の動きは主に「予想とのずれ」がある場合に起きるのに対し、取引量の増加はずれが無くても起きる、という違いがあります。発表の前後は、サプライズの向きを当てられたとしても、取引のしやすさ(流動性)自体が変わりやすい時間帯だということを示す結果です。
動きの大きさは、取引コストと比べると大きくない場合もある
さきに紹介した0.16%という動きは、当時の売値買値の差(スプレッド)の平均0.06%より大きいと報告されていますが、その差はおよそ2.7倍程度です。実際の売買にかかる費用や、発表の直後はスプレッドが広がりやすいという一般的な傾向まで考えると、見かけの動きの大きさがそのままもうけにつながるとは限りません。この研究自体も、取引コストを引いた後の成績を計算したものではありません。
1990年代の為替市場のデータであること
この研究が使ったデータは1992年から1998年までのものであり、値段が電話や画面を通じて示されていた時期の為替市場が対象です。現在のように自動化された取引が主流の市場で、同じ大きさの反応が起きるかどうかは、この研究からはわかりません。
4️⃣ 株・FX・コモディティでは?
紹介した研究が、どの市場を対象にしているかを表に整理します。
| 市場 | 研究はあるか | 内容 |
|---|---|---|
| 個別株・株価指数 | この記事からはわかりません | 紹介した2つの研究はいずれも為替(通貨)が対象で、個別の会社の株や株価指数を対象にした検証は行っていません。 |
| 為替(FX) | あり(研究の中心) | アンデルセン氏らの研究は米ドル対独マルク・英ポンド・日本円・スイスフラン・ユーロ、チャボー氏らの研究はユーロ対米ドル・日本円対米ドルが対象です。 |
| コモディティ(金・原油など) | この記事からはわかりません | 紹介した研究はコモディティを対象にしていません。 |
5️⃣ よくある誤解
誤解1:「指標が発表されたらすぐに利益が出る」と思われがち
研究が報告しているのは、発表から5分間ほどのあいだに集中する、ごく短い反応です。その後、平均的な値段としての動きはほとんど続かないと報告されています。じわじわ長く続くタイプの傾向ではありません。
誤解2:「サプライズが大きければ、どちらの方向でも同じだけ動く」と思われがち
研究は、同じ大きさのサプライズでも、悪い結果のほうが良い結果より大きく動くという非対称な傾向を報告しています。方向によって反応の大きさが違う、という点が見落とされがちです。
誤解3:「どの経済指標でも、同じように反応が出る」と思われがち
この記事で紹介した研究では、発表の時刻が事前にはっきり決まっている指標のほうが反応がはっきりしており、時刻が決まっていない指標では反応がはっきりしないか、数時間かけてじわじわ進む可能性があると報告されています。指標によって反応の出方が違う、ということです。
6️⃣ まとめ
- アンデルセン氏らの研究(2003年)は、1992〜1998年の為替5通貨のデータで、経済指標の「予想とのずれ」が発表の直後に、為替レートの平均的な動きを一気に動かすことを報告しました。
- 悪い結果のほうが良い結果より大きく動く、という非対称な傾向と、発表の時刻が事前に分かっている指標ほど反応がはっきりしている、という傾向も報告されています。
- 一方で、チャボー氏らの研究(2008年)は、サプライズが無くても取引量が跳ね上がることを報告しており、発表の前後は取引のしやすさ自体が変わりやすい時間帯だと言えます。動きの大きさも、取引コストと比べると、そこまで大きくない場合があります。
- 紹介した研究はいずれも為替が対象で、1990年代から2000年代前半のデータです。個別株・株価指数・コモディティで同じ傾向があるか、現在の市場でも同じ大きさの反応が起きるかは、これらの研究からはわかりません。
次回は、大口の投機筋などの持ち高のかたよりを見る入り方を見ていきます。
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📚 出典・参考文献
- Andersen, Bollerslev, Diebold & Vega (2002) "Micro Effects of Macro Announcements: Real-Time Price Discovery in Foreign Exchange", NBER Working Paper No.8959(のちに American Economic Review 93(1), 2003年に掲載)(研究機関の公式ページで論文本文を直接取得・確認。データの対象期間(1992年1月3日〜1998年12月30日、整理後1,724日)・5通貨・米国とドイツを合わせた41種類の経済指標・反応が5分間に集中すること・独マルク0.16%の動きとスプレッド0.06%の比較・サインエフェクト・米独の発表時刻の違い・ボラティリティが1時間で落ち着くことを、いずれも論文本文の原文で確認)
- Chaboud, Chernenko, Howorka, Krishnasami Iyer, Liu & Wright (2004) "The High-Frequency Effects of U.S. Macroeconomic Data Releases on Prices and Trading Activity in the Global Interdealer Foreign Exchange Market", FRB International Finance Discussion Papers No.823(のちに Journal of the European Economic Association 6(2-3), 2008年に掲載)(米連邦準備制度理事会の公式ページで要旨を直接確認。対象期間1999年1月〜2004年1月・ユーロ対米ドルと日本円対米ドル・「発表が予想どおりでも取引量は大きく跳ね上がる」という記述を原文で確認)
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