🌏 通貨は、自分の国の取引時間に下がりやすい? 注文の片寄りを調べた研究でわかっていること【エントリー方法の研究 #23】
為替(FX)の値動きには、1日の中で「どの時間帯か」によるかたよりがある、という研究があります。具体的には、ある通貨は、その通貨を使っている国自身の取引時間帯に、値段が下がりやすい(弱くなりやすい)という傾向です。たとえば円なら日本の取引時間、ユーロなら欧州の取引時間、というように「自国の時間帯」を基準に考えます。この回は、このかたよりを時間ごとのデータで調べた研究と、その理由として研究があげている「注文の片寄り」を取り上げます。
📌 この記事の結論(30秒まとめ)
- 為替の値動きを時間帯ごとに調べた研究(ブリードン氏・ラナルド氏、2013年発表)は、通貨が、その通貨自身の国の取引時間帯に下がりやすい(弱くなりやすい)傾向があると報告しています。この傾向は、調べた複数の通貨ペアで確認されたとされています。
- 研究は、この傾向の理由として「注文の片寄り」をあげています。自国の取引時間帯には、自国の参加者が外国のお金を買う量のほうが多くなりやすく、それが自国通貨を弱くする方向に働く、という考え方です。同じようなかたよりが、実際の注文データ(売り買いの流れ)そのものにも見られると報告されています。
- ただし、この傾向を使った売買をそのまま試すと、売値と買値の差(手数料にあたるもの)を考えたとき、研究が調べた当時の期間・手数料の条件のもとでは、調べた通貨ペアの中でユーロ/ドルだけが手数料を払ってもなお利益が残る可能性があると報告されており、他のペアでは利益が手数料で消えてしまう可能性があるとされています。
1️⃣ どんな方法か
※以下は考え方を説明するための仮の例です。為替市場は24時間、東京・ロンドン・ニューヨークなど世界中の取引時間がバトンタッチしながら動いています。ここで紹介する考え方は、「ある通貨は、その通貨の国の取引時間帯が始まると下がりやすく、ほかの国の取引時間帯には下がりにくい」というものです。たとえば、ある通貨について、その国の取引時間が始まる前にいったん売っておき、その国の取引時間が終わるころに買い直す、という組み方も考えられます。あくまで「このような考え方に基づく組み方もありうる」という例であり、特定の通貨・時間帯での売買を勧めるものではありません。
この回で取り上げる研究が注目したのは、まさにこの「1日の中の、どの時間帯に、どの通貨が下がりやすいか」というかたよりです。似たテーマとして、東京の仲値(ごとう日など)を扱う回(次回 #24 で予定)や、通貨が自国以外の取引時間で売買される「取引時間」そのものの基礎知識(関連記事)とあわせて読むと理解が深まります。
2️⃣ 研究でわかっていること
ブリードン氏・ラナルド氏の研究(2013年発表、為替)
この研究(学術誌「ジャーナル・オブ・マネー、クレジット・アンド・バンキング」に2013年掲載、第45巻5号953〜965ページ)は、複数の主要な通貨ペア(ユーロ/ドル・ドル/円などをふくむ)について、2007年までの約10年分にわたる、1時間ごとの気配値(売値・買値)と約定価格、そして注文の流れ(買い注文と売り注文のどちらが多いか)のデータを使いました。
研究は、通貨がその通貨自身の国の取引時間帯に下がりやすい(弱くなりやすい)という時間帯のかたよりを報告しています。この傾向は、調べた範囲の複数の通貨で確認されたとされています。そして、同じようなかたよりが、値段そのものだけでなく、注文の流れ(買い注文・売り注文のデータ)にも見られたと報告されています。
研究があげる理由は「注文の片寄り」です。自国の取引時間帯には、自国の参加者(企業・投資家など)が外国のお金を買う量のほうが多くなりやすく、それが自国通貨を売る方向、つまり自国通貨を弱くする方向に働きやすい、という考え方です。この解釈を裏づけるため、研究はある1社の市場メーカー(売り買いの相手方になる業者)が持つ別の注文データも確認し、同じような傾向が見られたと報告しています。
3️⃣ 反論・限界
この傾向には、いくつか注意すべき限界があります。まず、手数料(売値と買値の差)の問題です。研究が調べた複数の通貨ペアのうち、この傾向をそのまま使った売買で、手数料を払ってもなお利益が残る可能性があると報告されたのはユーロ/ドルだけであり(研究が調べた当時の期間・手数料の条件のもとでの結果で、今も同じとは限りません)、ほかのペアでは、同じ傾向があっても手数料でその利益が消えてしまう可能性があるとされています。つまり「傾向がある」ことと「その傾向を使って手数料を払ってなお勝てる」ことは、研究の中でも別の話として扱われています。
次に、説明のしかたが1つに決まっていない点です。別の新しい研究(クローン氏・ミュラー氏・ウェラン氏による、カナダの中央銀行が2021年に公開した研究)は、似たテーマで、1日の為替の値動きが、東京・フランクフルト・ロンドンの「仲値」(決まった時刻に決める基準値段)を軸にした、アルファベットの「W」の形に似た別のパターンを描くと報告しています。この研究は、米ドルが仲値の直前に上がりやすく、仲値の直後に下がりやすいという傾向を、仲値の前に生じる買い注文と売り注文の一時的な偏りで説明しようとしています。「自国の取引時間帯に下がりやすい」という説明と、「決まった仲値の前後で動きやすい」という説明は、重なる部分はあるものの、同じ1つの仕組みとして完全に一致しているとまでは、今回確認できた範囲ではわかりませんでした。
さらに、ブリードン氏・ラナルド氏の研究が使ったデータは2007年までの期間です。発表から10年以上がすぎた今、この傾向が同じ強さで続いているのか、電子取引の広がりなどで薄れているのかについては、今回調べた範囲では確認できませんでした。「昔の研究でわかったことが、今も同じように使えるか」は、このシリーズの別の回(#25 予定)で改めて取り上げます。
4️⃣ 株・FX・コモディティでは?
ここで紹介した研究が、どの市場のデータを使ったかを一覧にします。研究が見当たらなかった市場は、推測で埋めず「この記事からはわかりません」としています。
| 市場 | 研究はあるか | 何がわかっているか |
|---|---|---|
| 為替(FX) | あり | ブリードン氏・ラナルド氏(2013年):複数の主要な通貨ペアの時間別データで、通貨が自国の取引時間帯に下がりやすい傾向を報告(研究が調べた期間・通貨ペアの範囲)。注文の流れにも同じかたよりが見られたと報告 |
| 株価指数・個別株 | 今回は見当たらず | 取引時間の長さそのものと個人投資家の成績の関係を調べた別の研究はありますが、ここで紹介した「自国の取引時間帯に下がりやすいか」と同じ形で調べた研究は、今回の調査では見当たりませんでした |
| コモディティ(金・原油など) | 今回は見当たらず | この記事からはわかりません |
| 暗号資産(ビットコインなど) | 今回は見当たらず | そもそも特定の「自国」を持たないため、同じ考え方がそのまま当てはまるのかどうかも、この記事からはわかりません |
日本株・日本市場のデータを使った検証についても、今回の調査では見当たりませんでした。
5️⃣ よくある誤解
誤解1:どの通貨ペアでも、自国の時間帯に売れば手数料を払ってもなお儲かる
研究が報告しているのは「自国の取引時間帯に下がりやすい」という値動きのかたよりそのものであり、「手数料を払ってもなお儲かる」ことまでを、調べたすべての通貨ペアについて示しているわけではありません。研究の中でも、手数料を考えてなお利益が残る可能性があるとされたのはユーロ/ドルだけで、ほかのペアについては同じ結論が出ていません。
誤解2:このかたよりは、どこかの重要な経済指標の発表が理由である
この回で紹介した研究があげている理由は、経済指標の発表のような特定のニュースではなく、「自国の取引時間帯に、自国の参加者が外国のお金を買う量のほうが多くなりやすい」という、注文そのものの片寄りです。経済指標の発表をきっかけにした値動き(このシリーズの別の回で取り上げる予定のテーマ)とは、別の仕組みとして説明されています。
誤解3:この研究の結果は、今のデータでもそのまま同じ強さで使える
研究が使ったデータは2007年までの期間です。電子取引の広がりや市場参加者の変化によって、同じ傾向が今も同じ強さで続いているのかどうかは、今回調べた範囲では確認できませんでした。古い研究の結果を今のデータに当てはめるときは、この点に注意が必要です。
6️⃣ まとめ
最後に、この記事の内容を整理します。
- 為替の時間別データを使った研究(ブリードン氏・ラナルド氏、2013年)は、通貨が自国の取引時間帯に下がりやすい傾向を報告しています。
- 理由として研究があげているのは、自国の取引時間帯に自国の参加者が外国のお金を買う量のほうが多くなりやすいという「注文の片寄り」で、同じかたよりが注文の流れのデータにも見られたとされています。
- 手数料を考えると、研究が調べた当時の条件のもとでは、調べた通貨ペアのうちユーロ/ドルだけが利益の残る可能性があると報告されており、ほかのペアではそうとは限りません。
- 別の新しい研究は、仲値を軸にした別の形のパターンを報告しており、説明のしかたは1つに決まっていません。
- 研究で使われたデータは2007年までで、同じ傾向が今も続いているかは、今回調べた範囲ではわかりませんでした。
前回(#22)で見た「指値注文がいつ約定するか」という注文の仕組みの話と、今回の「1日のどの時間帯に動きやすいか」という話は、どちらも「値動きそのもの」とは別の角度から、為替・株の売買を見直す回でした。次回(#24)は、東京時間の決まった時刻「仲値」に注目します。
🔗 関連記事
📚 出典・参考文献
- Breedon & Ranaldo (2013) "Intraday Patterns in FX Returns and Order Flow", Journal of Money, Credit and Banking, Vol.45, No.5, pp.953-965(学術文献データベース IDEAS/RePEc の書誌情報で掲載誌・年・号・ページを確認)
- Breedon & Ranaldo, Swiss National Bank Working Paper 2011-04 "Intraday patterns in FX returns and order flow"(スイス国立銀行の公式ワーキングペーパーページ。約10年分の時間別データ・注文の片寄りによる説明を確認)
- Breedon & Ranaldo, Queen Mary University of London Working Paper No.694 (2012) "Intraday Patterns in FX Returns and Order Flow"(クイーン・メアリー大学ロンドンの公式ワーキングペーパーページ。複数通貨ペア・手数料を考えた利益の限界を確認)
- Krohn, Mueller & Whelan, Bank of Canada Staff Working Paper 2021-48 "Foreign Exchange Fixings and Returns Around the Clock"(カナダ銀行の公式ワーキングペーパーページ。仲値を軸にした別のパターンの報告を確認)
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