📝 指値注文は、不利な場面ほど約定しやすい? 「逆選択」を調べた研究でわかっていること【エントリー方法の研究 #22】
「成行注文(今の値段ですぐに売買を成立させる注文)」と「指値注文(値段を指定して、その値段になったら売買する注文)」は、エントリーのいちばん基本の選択です。入門的な解説では「指値注文のほうが、自分が決めた有利な値段で約定できる」としばしば紹介されます。しかし、指値注文が実際に「いつ」約定しているのかを詳しく調べた研究は、必ずしも有利な場面だけで約定しているとは限らない、という結果を報告しています。この回は、指値注文が約定するタイミングそのものを調べた研究を取り上げます。
📌 この記事の結論(30秒まとめ)
- フィンランドの個人投資家全員分の取引記録を使った研究(リンナインマー氏、2010年発表)は、「決算発表の後に損をする」「取引した後の成績が悪い」「利益が出た株を早く売り、損が出た株を持ち続ける(処分効果)」「値動きに逆らった売買をする」といった、投資家の心理的なクセとして語られることが多い現象の多くが、指値注文という注文方法そのものの性質によって、かなりの部分説明できると報告しています。
- その理由は「逆選択(取引の相手が自分より有利な情報を持っているときに、取引が成立しやすくなること)」です。たとえば利益確定の売りの指値注文は、値段が実際に上がって初めて約定するため、約定した売買だけを振り返ると「値段が上がったところで売っている」ように見えますが、これは注文の仕組みそのものが生む結果であり、心理的なクセだけが原因とは言えない、というのがこの研究の主張です。
- 別の研究(デウィン氏・ルオン氏・パラン氏)は、処分効果と注文の選び方の関係は一方通行ではなく双方向である可能性を指摘しており、「すべて注文の仕組みのせい」と言い切ることにも注意が必要だとしています。
1️⃣ どんな方法か
成行注文は「今の値段で、できるだけ早く売買を成立させる」注文です。指値注文は「この値段になったら売買する」という条件を指定する注文で、指定した値段に届かなければ約定しません。※以下は考え方を説明するための仮の例です。ある株を今より安く買いたいとき、成行注文ならすぐに今の値段の近くで約定しますが、指値注文で「この値段まで下がったら買う」と指定すると、実際にその値段まで下がって初めて約定します。入門的な解説の多くは、指値注文を「自分が決めた、より有利な値段で約定できる注文」として紹介します。
この回で取り上げる研究が注目したのは、まさにこの「指値注文がいつ約定するか」そのものです。指値注文は指定した値段に届いたときだけ約定するという性質を持つため、約定した注文だけを集めて振り返ると、ある特定の値動きのパターンのあとにばかり約定している可能性がある、という視点です。
2️⃣ 研究でわかっていること
リンナインマー氏の研究(2010年、株式・フィンランド)
この研究(学術誌「ジャーナル・オブ・ファイナンス」に2010年掲載)は、フィンランドの証券取引所に記録された、個人投資家全員分の取引データとシミュレーションを使いました。論文によると、個人投資家の取引には、決算発表の直後に損をしやすい、取引をしたあとの成績が振るわない、利益が出た株を早く売り損が出た株を持ち続ける「処分効果」、値動きに逆らう売買をする「逆張り」といった、心理的なクセとして語られることが多いいくつかの現象が見られます。この研究は、これらの現象の多くが、投資家が指値注文を使っていること自体によって、かなりの部分説明できると報告しています。
その仕組みとして論文があげているのが「逆選択」です。指値注文は、指定した値段に届いたときだけ約定するという性質(値段で条件づけられた注文、と表現されます)を持ちます。たとえば、保有株を今より高い値段で売ろうとする利益確定の指値注文は、値段が実際にその水準まで上がったときにだけ約定します。つまり、約定した売買だけを取り出して振り返ると、どうしても「値段が上がったあとに売っている」という記録が残りやすくなります。論文は、これが処分効果のように見える記録の一部を、投資家の心理的なクセではなく、注文の仕組みそのものから生み出していると説明しています。
論文はまた、「投資家の心理的なクセが先にあって、その結果として指値注文を選ぶようになる」という逆向きの説明についても検討し、この逆向きの説明だけでは今回の発見を十分に説明できないと報告しています。そのうえで、あるデータが、この「指値注文の影響」をどれくらい受けやすいかを測る、簡単な方法も提案しています。
3️⃣ 反論・限界
この研究に対しては、処分効果と注文の選び方の関係を見直した、別の研究もあります。デウィン氏・ルオン氏・パラン氏の研究(ルーヴァン・カトリック大学のディスカッションペーパー、2022年)は、実験と実際の証券口座の取引データの両方を使い、処分効果と注文の選び方の関係は一方通行ではなく、双方向でありうると報告しています。具体的には、処分効果の傾向が強い投資家ほど、保有株が利益の局面で売りの注文を多く出し、損の局面では指値の値段の付け方自体が変わる、という結果を示しました。これは、「処分効果に見える記録は、すべて指値注文の仕組みだけで説明できる」と言い切ることには注意が必要だということを意味します。
そのほかにも気をつけたい点があります。リンナインマー氏の研究が使ったのは、フィンランドという1つの国の、個人投資家の株式取引の記録です。別の国・別の時期の個人投資家でも同じ結果になるかは、この研究だけからはわかりません。また、取引コストや手数料の違いが結果にどこまで影響しているかも、今回確認できた範囲の情報だけでは明らかではありませんでした。
4️⃣ 株・FX・コモディティでは?
ここで紹介した研究が、どの市場のデータを使ったかを一覧にします。研究が見当たらなかった市場は、推測で埋めず「この記事からはわかりません」としています。
| 市場 | 研究はあるか | 何がわかっているか |
|---|---|---|
| 株価指数・個別株 | あり | リンナインマー氏(2010年):フィンランドの証券取引所に記録された個人投資家全員分の取引データで検証(指値注文が指定した値段に届いたときだけ約定する性質が、決算発表後の損・処分効果・逆張りなどの記録の多くを説明できると報告) |
| 為替(FX) | 今回は見当たらず | この記事からはわかりません |
| コモディティ(金・原油など) | 今回は見当たらず | この記事からはわかりません |
| 暗号資産(ビットコインなど) | 今回は見当たらず | この記事からはわかりません |
日本株・日本市場のデータを使った検証についても、今回の調査では見当たりませんでした。
5️⃣ よくある誤解
誤解1:指値注文はいつでも成行注文より有利な値段で約定する
指値注文は指定した値段でなければ約定しないため、約定した注文だけを見ると「有利な値段で約定した」ように見えます。しかし研究が指摘するのは、どんな場面で約定しやすいかという「約定するタイミングの偏り」です。指定した値段に届くこと自体が、値段が自分にとって都合の良い方向、あるいは自分が知らない情報を反映した方向に動いた結果である可能性があり、約定した値段の良し悪しだけでは判断しきれない、と考えられます。
誤解2:処分効果は、投資家の心理的な弱さだけが原因である
処分効果(利益が出ている株は早く売り、損が出ている株は売らずに持ち続けやすいという心理的な傾向)は、心理学の研究でもよく知られた現象ですが、この回で紹介した研究は、記録に残る処分効果の一部が、指値注文という注文の仕組みそのものからも生まれうると報告しています(フィンランドの個人投資家の株式取引のデータでの結果です)。ただし反論・限界で紹介したとおり、心理的な傾向と注文の選び方の関係が完全に無関係というわけでもなく、両方が影響している可能性があります。
誤解3:過去データで指値注文の成績を試すときに、成行注文と同じ前提で計算してよい
過去の値動きデータを使って指値注文の成績を検証するとき、指定した値段に実際には届かなかった場面や、届いた直後にすぐ反転した場面の扱いを誤ると、本来は約定していなかったはずの注文を「約定した」と数えてしまうことがあります。この回で紹介した研究は投資家の行動の見え方を調べたもので、過去データでの成績検証そのものを調べたわけではありませんが、その考え方をふまえると、指値注文は約定するタイミングそのものに偏りが生まれやすいため、成行注文の検証とは別の注意が必要だと考えられます。
6️⃣ まとめ
最後に、この記事の内容を整理します。
- フィンランドの個人投資家全員分の取引データを使った研究(リンナインマー氏、2010年)は、決算発表後の損・取引後の成績の悪さ・処分効果・逆張りといった、心理的なクセとされがちな現象の多くが、指値注文という注文方法の性質によって、かなりの部分説明できると報告しています。
- その理由は、指値注文が指定した値段に届いたときだけ約定するという性質から生まれる逆選択です。
- 別の研究(デウィン氏・ルオン氏・パラン氏)は、処分効果と注文の選び方の関係は双方向である可能性を示しており、「すべて注文の仕組みのせい」と言い切ることには注意が必要です。
- 研究で確かめられたのはフィンランドの株式市場のデータであり、為替・コモディティ・暗号資産について同様の検証は今回見当たりませんでした。
- 過去データで指値注文の成績を検証するときは、約定するタイミングそのものに偏りが生まれやすいことに注意が必要だと考えられます。
前回(#21)で見たキリのいい値段も、損切り・利益確定の指値注文が集まりやすい値段という形で、この回のテーマとつながっています。指値注文は「有利な値段で入れる注文」という面だけでなく、「約定するタイミングに偏りが生まれる注文」という面も持っている、という点が、この研究からの手がかりです。
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📚 出典・参考文献
- Linnainmaa (2010) "Do Limit Orders Alter Inferences about Investor Performance and Behavior?", The Journal of Finance 65(4), pp.1473-1506
- De Winne, Luong & Palan (2022) "Retail Investors' Disposition Effect and Order Choices", LIDAM Discussion Paper LFIN 2022/012, Université catholique de Louvain
- Barber & Odean (2013) "The Behavior of Individual Investors", in Handbook of the Economics of Finance Vol.2, Elsevier(リンナインマー氏の研究を紹介したレビュー論文)
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